2020年以降パンデミック・コロナ禍を繰り返してきた新型コロナ感染症(COVID-19)が2023年5月に2類感染症から5類感染症に移行しました。流行期間は4年以上に及んでおり、最近でも感染したという話をちらほら聞くことがあります。
この間、新型コロナ感染症が様々な形で人々の健康に与えた影響は計り知れず、感染症そのものによる健康被害だけでなく、感染の拡大の懸念から過度な受診控えが起こり、さまざまな疾患を悪化させたり、引き起こす原因にもなりました。
海外メディアの報道で新型コロナウイルス感染症の感染率が高い職業ランキングの第2位に歯科医院を挙げられたこともあり、患者さんの間で歯科医院での感染を恐れ、何らかの症状があってもそれを放置し、状態が悪化して、いよいよ我慢できなくなってから受診する人が増加しました。
一般の歯科医院の診療においては大きく2つの問題が膨らんできました。
最初に影響が出たのが虫歯の問題です。当初、我々はこうした虫歯を「コロナ虫歯」と名付けたりして、重症化した虫歯の治療に難渋しました。
次に増えてきたのが顎関節症です。
顎関節症は、あごが痛む(顎関節痛・咀嚼筋痛)」、「口が開かない(開口障害)」、「あごを動かすと音がする(顎関節雑音)」のうちの1つ以上があり、これらと同じような症状の出ることのある、顎関節症以外の病気がない時に顎関節症と診断されます。
顎関節症は、「日本人の2人に1人は、一生のうちに経験する」とも言われています。厚生労働省の調査では、「口を大きく開け閉めした時にあごの音がする」と答えた人の割合は男性より女性が多く、特に20代~40代女性に多く、20歳~24歳の女性では41.7%にのぼっています。
当院の診療データでは、コロナ禍以前では顎関節種を疑わせる患者さんは月におおむね5名ほどだったものが、コロナ禍以降、月に15名が来院することもありました。他院においても同様に増加傾向が見られるようです。またこれは日本だけではなく、2021年にアメリカ歯科医師会が会員向けに行ったアンケート調査で、会員の8割が顎関節症の症状を訴える患者が増えていると回答したそうです。
この顎関節症患者さんの状態や推測される原因において、コロナ禍の広がりとともにこれまでとは違うことが見えてきました。
顎関節症の原因は一つではなく、様々な原因が複合的に重なり、ある一定の許容量を超えた時に発症します。
関節や筋に負担のかかる要因は色々あります。そのような要因がタイミングよくいくつも集まって負担が大きくなり、その人の持っている耐久力を超えると症状が出るという考え方です(下図)。
原因として考えられるものは色々なものがあります(下表)。このような要因の一つ一つは大きなリスクとは言えないので、それぞれを症状に対する「寄与因子」と言います。一つ一つは小さな要因ですが、このような寄与因子が多数集まることによって、症状を起こすほどの原因となるわけです。
このような原因のうち、コロナ禍前期の2020年から2021年とコロナ禍後期の2022年から2023年では患者の状態や原因がやや異なります。
コロナ禍前期では、コロナ虫歯と同様に受診控えにより放置し、慢性化あるいは重症化してから受診する患者が目立ちました。また発症の原因として考えられたのは「ストレス」と「マスク生活」です。
コロナ禍では「パンデミック」と呼ばれる異常な社会状況のもと行動制限を強いられることが強いストレスとなり、歯ぎしりや食いしばりの増加に繋がっていったと予測されます。このことを示すかのようにコロナ禍前期に受診した人の多くは「顎が痛い」ことをしきりに訴えていました。
また「マスク着用そのものがストレスだ」と感じる人もいますし、話す機会が減り、マスクをしている事で口を大きく動かす機会も減りました。マスクをしていると呼吸がしづらく感じるので、隙間をなんとかして作ろうと、普段はあまりやらない額の動きで口を動かしてマスクをずらす動きを繰り返すようになった人も増え、これも顎を痛める原因の一つになったと思われます。
一方、コロナ禍後期になると患者層が変わり、30歳代の子育て世代の女性が増えてきました。そもそも顎関節症は男性よりも女性の方がかかりやすく、女性ホルモンの分泌量が安定しない20歳前後と45歳から50歳前後の罹患者数が多いことも分っています。女性ホルモンの分泌量が減ってくると骨の表面を覆う軟骨が薄くなり、顎関節の許容量が少なくなって発症しやすくなるのです。
しかしこの発症機序は女性ホルモンの分泌量が最も安定している30歳代の女性には当てはまらないため、別の原因が考えられました。
患者さんの話を伺ってみると、子育て世代で、コロナ禍で子どもも家にいて外出機会が減り、食事を作る回数も増え、様々なストレス因子が増加した事が影響していることが拝察できました。
それに加えてステイホームによるパソコン/スマートフォンの長時間使用でした。モニターを見るために下を向くと顎が下方にずれるほか、顎が動かない様に無意識に軽く噛み合わせることもあります。こうした時間が長ければ長いほど顎に負担がかかり、顎関節症を引き起こす一因となっていることが考えられました。
■口がきちんと開くかセルフチェック
知らず知らずのうちに顎関節症になっているかもしれない。セルフチェックで口がきちんと開くかというのをやってみましょう。
まず口を大きくゆっくり開けて、縦に指が3本入れば正常です。顎関節症になりたての人は指2本も入らなくなります。1本がどうにか入るという場合には、顎関節症に加えほかの疾患の可能性もあるので、歯科医師に相談をしてください。
■コロナ禍で身についた悪癖・悪習慣の改善を セルフケアの方法
セルフケアの方法を2つ紹介します。
◇その1:大きく口を開ける
指3本入るように大きく口を開けるのを5回から10回行います。これは固まっているあごの関節と周りの筋肉を緩めることを目的としています。ただ、痛い場合には無理にやらないでください。
◇その2:マッサージ
ほほからあごにかけての横の筋肉をマッサージします。人さし指と中指で500円玉ぐらいの円を描くようにほぐします。ぐりぐりする必要ないです。優しくマッサージしてください。
以上のようなセルフチェックとセルfケアを行ってみて、改善のないときや心配なときは、躊躇せず歯科医院を訪ねてください。
以下のような習慣も顎関節に影響を与えると考えられていますので、日常生活において留意することをお勧めします。
1)TCH(歯列接触癖):ものを食べていない時でも、無意識に上下の歯を噛み合わせていることが癖になっている人
2)歯ぎしり、食いしばり
3)前傾姿勢・猫背
4)ストレス
5)楽器演奏(バイオリンや吹奏楽器など)
【参考資料】
日本歯科医師会 「これって顎関節症」https://www.jda.or.jp/tv/90.html
日テレNEWS 2023年4月
【解説】コロナ禍で「顎関節症」患者が増加? マスクやスマホが原因の1つに セルフチェックの方法とは|日テレNEWS NNN (ntv.co.jp)幸町歯科口腔(こうくう)外科医院院長・宮本日出医師